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last updated 1997/07/31

第77話(全130話)

嵐のあと(4/4)




 幸運を信じ、疑わないことで人はしあわせを得ることができると、母さんはそう言った。逆
に不運や不幸なことばかり考えていると、本当に不幸な人間になってしまう、と。だから何が
起こっても常に前向きに、常に明るく考えを保つのですよ、と。いつも気持ちの中にわくわく
と人生を楽しむ気持ちを持っていれば、本当にわくわくするような毎日が訪れるわ。マリイア
のその言葉はいつもそうであるように、真実だった。イメージする力こそが、自分を高める唯
一の原動力なのだから。素晴らしい自分。素敵なあたし。そんな夢見る力が人間をイメージ通
りに「変化」させて行く。粘土の固まりから美しい像を作り上げるためには、まずその像の形
をイメージしなければならない。それと同じだ。
 ならば、テイゼルの実を食べた、とイメージすることで、本当にたったそれだけで体力を回
復させることは可能なはずだ。
 マリカはそう言っているのだった。
 ピートはそう理解した。
 そしてその通り、彼女は、イメージする力を信じさせるためにこそ、嵐はあたしからティゼ
ルの実を奪い取って行ったのかもしれないと思った。この世に起こることはすべて、アーバム
の村のトーテム・ポールに刻まれているのだとしたら、何が起こるにせよ、それは意味のある
出来事なのだろう、と。
 そうやって、不慮の出来事にさえ意味を求め、不運を逆に自分を深め、高めるための幸運と
して受け取ること。そうやって何でも前向きに考えること。マリカはそんな自分であろうと決
意していた。そうする以外にこの難局を乗り越えられる自信が持てなかった。自信のない指導
者など、グループを悲劇に導くだけなのは、姫君なのだからよくわかっていた。
〈ぼく、眠ってたんだね〉
 フィンフィンの声がマリカとピートの心に同時に聞こえてくる。
「起きたの?」
〈うん。不意に体が暖かくなった気がして、おい、寝てる場合じゃないぞって声が自分の中か
ら聞こえた気がして、そして目を開けてみたんだ。ぼくに何か食べさせてくれたんだね? あ
あ、テイゼルの実。ありがとう〉
 フィンフィンはマリカたちの心を読みながら言った。テイゼルの実の効能が早くも体を回復
させたのではなく、フィンフィンはテイゼルの実を与えようと思ってくれたマリカやピートの
気持ちそのものによって、エネルギーを与えられたのかもしれない。
「傷、痛むんでしょう?」とピート。「ごめんね。ぼく薬や包帯を嵐に流されちゃったんだ」
〈いまは薬よりも日除けがないことのほうが重大だと思うな〉
「まさにその通りよ」
 マリカはうなずく。
「これから海に潜って、海藻か何か捜してみようと思うの」
「それはぼくの仕事だな」
 とピート。
「陸地のそばならいざ知らず、こんな海の真ん中で海藻を捜すのは、人間には無理だよ。海藻
に手が届く前に水圧で体がつぶされちゃうもの」
〈ぼくが行くよ〉
 言ったフィンフィンにマリカとピートは同時に「駄目!」と強く言った。うずくまっていた
ワーターでさえ、いきなりヴァオ! と鳴いた。ワーターも「ノー!」と言ったのは確かだ。
「そんな体のきみを海に潜らせるわけにはいかないよ。いまは体力をどんどん蓄えておいてく
れたほうがいい。いずれ、無理を承知できみに泳いでもらわなきゃならなくなると思う。それ
までは絶対に無理しないで」
 強く言うピートに、フィンフィンはコクンとうなずく。
 愛されている。心配してもらっている。必要とされている。それがフィンフィンにどんどん
力を与えて行く。フィンフィンは旅に同行したのは正解だったと思った。どんなに幸福な家庭
へと窓から顔を覗き入れたとしても、これほど大きな愛を浴びることはなかったろう。これは
フィンフィンが生きてきた中で最高の愛を与えてくれる旅だ。そんな愛のあることをほかのフ
ィンクは誰も生涯知り得ないだろう。ぼくは幸運だ。ピートとマリカに巡り合えたおかげで、
一生分の愛情をドカンと手渡される喜びを味わえた。
 ピートはマリカを見た。
「ワイヤーをどこかに固定してくれる? ぼく、試しに潜ってみるよ」
「ありがとう」
 マリカは言って、マスターから差し出されたワイヤーの先を受け取ると、それを筏の板に頑
丈に縛り付けた。マリカはもう自分ひとりの力で何でもこなしてみせる、という自負は捨てて
いた。そんなひとりよがりはリーダーに必要ではない。必要なのは、何が最善なのかを正しく
見極め続けることだ。確かにマスターの言う通り、この海の底から海藻をつかみ取ってくるの
は、自分には出来ないことだろうし、試してみようとすることすら無意味だ。ここはマスター
に手を借りるほうがいい。嵐のあととはいえ、海は急速に透明度を回復してきているから、フ
ィンフィンを傷つけたスワングがいつ狩りを再開してくるかわからない。そんな海に生身で潜
るのは自殺行為に他ならない。
「スワングもあなたには食指を動かさないと思うわ」
「そのスワングってどんな姿なの?」
〈きみが想像してるのとほぼ同じだよ〉
 とフィンフィンがピートの心を読み取って、ピートだけに聞こえる回線で言った。
〈そのサメっていうのとスワングはよく似てるよ。けどスワングのほうが少し大きいかな〉
〈おっきなサメか。出来ることなら逢いたくないな〉
〈機械まで食べようとするほどお腹がすいてなきゃいいけどね〉
〈食べることもあるの?〉
 ピートは訊いた。フィンフィンは答えない。三歳児のように質問してくるピートに、フィン
フィンは幼子には教えないほうがいいことだってあると判断した。お腹がすけば、スワングは
木の棒だって食べるし、ましてや人間のように手足を持ったロボットなら間違いなく噛み付い
てくるだろう、などと幼子に答えたって、それは子供を夜トイレに行けなくさせるだけだろう
。「もし何か危険なことがあったら、すぐに救難信号を発信しなさい」
 マリカは言って、首に下げたペンタントを掲げてみせた。
 そのペンダントがぼくときみを出逢わせたんだね。
 ピートは目で言うと、グイッとワイヤーを引っ張り、そして筏から海へと飛び込んで行った
。

(つづく)




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